フリーフォール




○登場人物

円(まどか)…自由落下に焦がれる女子高生。
恩(めぐみ)…その友達。


○舞台

舞台中央にマット、もしくはトランポリンが設置されている。
その他目立った装置はない。



(音楽が止むと同時に、明転。
と同時に、円が上空から落下してくる。
舞台中央に設置されたマットに吸い込まれる。
暫しの沈黙の後、おもむろに彼女は立ち上がって語り出す。)


円:
この世の中で一番美しいのは、フリーフォール。自由落下。加速度9.8m毎秒毎秒。
1秒後には9.8m毎秒。2秒後には19.6m毎秒。3秒後には29.4m毎秒。どんどん早くなってって、色々どんどん置いていく。憧れちゃって、やまない世界。フリーフォール。

誰にだってどうしても抑えられない衝動ってやつがあって、例えばバスの降車ボタンは絶対に押さないと気が済まなかったり、お札を手にしたら必ず透かして見ないと安心出来なかったり、カップルが手ぇ繋いで歩いてたらその真ん中走って突っ切りたくなっちゃったりする、そういう衝動とあたしのフリーフォールへのどうしよもない気持ちは結構似たり寄ったりだったりする。対象が違えば恋愛って名前を付けても良かったのかもしれなくて、それは恋愛ってよりは初恋だったり叶わぬ恋だったり憧れだったりするのかもしれないけど、とにかく私は自由落下に焦がれて止まない普通の女子高生なわけです。


(恩、マットの後ろから登場。)


恩:
この世の中で一番美しいのは、友情。つまりこいつとあたし。時々こいつは私のことを全力で置き去りにしていくけど、それでも私は必死に付いて行く。なぜなら私はこいつのそんな所が好きだから。

時々こいつが言う訳の分かんないこと、皆が眉ひそめて嫌な顔して聞いてても、あたし一人だけは大丈夫ちゃんと分かってるよって顔して聞いてて、でも実はあたしもさっぱり分かんないんだけど、それでもちゃんと側にいてあげるあたし。こいつがまたいつもみたいに、「あそこからふぁーって落ちたらすげー気持ちいいだろーなぁ」とか言い出しちゃったりしても、「何言ってんの死ぬよ?」って飽きもせずいちいち分かりきった忠告をしてあげるあたし。そんなあたしに自己満足してるわけじゃないし満足してないし、ってかなんも届いてないかもあたしの言ってることっていっつも不安になってるあたし。あたしにはきっとこいつが見てるものが何なのか一生分かんないんだろうなって思うし、でもこいつはあたしが見てるものもきっとちゃんと見てるんだろうなってなーぜか凄く不安になる、恥ずかしくなる、悔しくなる。そんなこいつを、でもあたしは好き。

円: この世の中で一番美しいのは、フリーフォール。
恩: 友情は?
円: 一番じゃなくない?この世の中で一番美しいのは、
恩: フリーフォール。
円: この世の中で一番美しいのは、
恩: (リズムを付けて)フリーフォール。この世の中で一番美しいのは、
円: (リズムを付けて)フリーフォール。
円・恩: (リズムを付けて)フリーフォール。
恩: 西暦2003年8月3日は、私たちにとってもの凄く意味のある一日になった。


(場面が切り替わる。2003年、8月。)


円: だから、違うの。
恩: なにが?
円: あんたどうせ私が自殺願望があるとかなんとかそんな風に思ってるわけでしょ?
恩: だってそうでしょ?
円: 違うの。
恩: だってあんた、あそこから落ちたら人は死ぬよ普通。
円: 死ぬかどうかが問題なんじゃなくて、落ちてみたいってのが大事なの。私はね、自由落下に身を委ねてみたいわけさ。
恩: 自由落下?
円: フリーフォールですがな。
恩: フリーフォール。どこのあれだっけそれ。
円: そういうあれじゃなくて。ほんとにただただ落ちるの。自由落下。
恩: 自由落下。
円: そう自由落下。振り子とかさ、
恩: ふむ。
円: 惑星の周回運動とかさ、慣性の法則とかさ、等速直線運動とかさ、ブラウン運動とかさ、まぁ色々あるじゃない。
恩: ブラウン運動って何?
円: この世のそういう何よりもね、ただただ落下するってのは美しいと思うの。シンプルでさ、いいじゃない。すっと飛んですーっと落ちていくの。段々速くなってってさ、どんどん色々置いていくわけさ。
恩: ふーむ。
円: ニュートンだってね、リンゴが落ちた時はまず最初に、法則がーとか重力がーとか、そんなことは考えなかったと思うのね?あーリンゴが落ちんのきれーだなーって思ったと思うの。
恩: うそー。ニュートンって偉い人でしょ?頭いいんでしょ?
円: 変人だよー。だってあの人一生童貞だったんだよ?
恩: マジ?
円: フリーメイソンだし錬金術にハマってたらしいし。
恩: えそれほんと?ってかさ、童貞のこと言っちゃ可哀相だって。その分物理頑張ったんだよ。ビル・ゲイツだって頑張ってんじゃん。
円: いやいやあの人娘いるから。
恩: ビルの子じゃないでしょ。
円: おい。すげー美人なんだよ?
恩: なおさらビルの子じゃないでしょ。ミスターオクレみたいな顔して。ミスターオクレだって頑張ってるでしょうが。
円: あの人はどこでも頑張ってないでしょ。
恩: あの人はどこでも頑張ってないけど。まーとにかくさ、それ言ったら可哀相でしょうが。
円: まぁ分かった。それに関してはごめんなさい。童貞のことはごめんなさい。でもね?ニュートンだって絶対そう思ったと思うの。自由落下って美しいなぁって。フリーフォール。
恩: スカイダイビング?
円: ちゃーうの。
恩: 同じじゃん。
円: ニュアンスが。
恩: え?どう?
円: こうしとけば大丈夫ああしとけば大丈夫を、全部取っ払いたくなるの。時々。
恩: こわ。
円: うそ。
恩: あんたなに、あんたはなに、不満でもあるの?
円: 不満?
恩: あれがああなればいいなとかこれはなんでこうなんないのかなとかさ、そういうのが。
円: ないけど。
恩: 好きな人とか。
円: 好きな人がなに。
恩: え、誰?
円: いないって。「好きな人がなに?」って聞いてんの。
恩: 好きな人いるの?
円: 別に。
恩: いないの?うそ。
円: いないって、
恩: つまんねー。
円: そういうんじゃないの。つまんねーってお前。フラれたとかでもなく。
恩: んーごめん、なんかもう分かんない。あんたはなに?何なの?
円: なんだろう。私は何なんだろう。病気なのかもしれない。
恩: はぁ?
円: うまくいってる今を、だからこそぶっ壊したくなるっていうか。全部取っ払いたくなるっていうか。そういうことってない?
恩: ないなー。
円: ちょっと考えろよ。
恩: えーだってないもん。
円: じゃあいいや。
恩: じゃあいいやとか言うなよー。友達だろー?
円: やめてよそういうの。
恩: なに、照れてんの?
円: やなんだよそういうの。
恩: 友情?
円: 違う。なんか、分かってること言葉にするのが。形になっちゃうとなんか一気に信用できなくなるんだわ。なんかしらけちゃうの。
恩: えそう?言葉にして言ってもらわないと不安じゃない?
円: 私はもっと色んなものをずっとあやふやなまんまにしてとっときたいのね?
恩: うん。
円: だから、私があそこからふぁーって落ちてみたいってのも、特に理由なんかないしあってもいちいち言葉にしたくないの。
恩: うーん。
円: なんで?いいじゃん。じゃあさじゃあさ、例えばこれが恋愛だったとするよ?
恩: 好きな人いんの?
円: いねーよバカ。
恩: バカ?
円: この気持ちが、気持ちの方向性が、恋愛みたいなのだったとするじゃん。ん?うん。人を好きになるのにはっきりした理由ないでしょ?
恩: カッコいいとか。
円: あぁ、
恩: カワイイとか。頭いいとか。
円: んーなんかさ、
恩: 理由あるよー。
円: 違う違う、じゃあ、人を好きになることに意味を求めますか?
恩: もー難しいからやめようよー。あたしもう分かんない。
円: だからちょっと聞いてって。誰かが誰かを好きになった時にさ、その人にさ、「なんで人を好きになるの?理由は?利益は?」って聞く?
恩: なんであいつ?とかは結構思うよ。
円: ちー!あぁもう、ちーがくて、人を好きになるということ自体に疑問を持ったりしないでしょ?
恩: そりゃそうでしょだって人好きになんのはしょうがないもん。
円: でしょ?
恩: 恋しちゃうんだもん。
円: でしょ?だから、私のこれもそれと同じ。
恩: 何と?
円: あそこからふぁーって落ちてみたいなって気持ち。だから理由とか原因とかきっかけとか聞かないでよ。よく分かんないままほっといて。
恩: なんで?やだよー知りたいよー。
円: なんでだよ。
恩: だってそんなん言ってて急にあんたが死んじゃったりしたらさ、あたしはどうしたらいいの?理由って必要じゃん。
円: 慰まるための理由だったらいらないと思う。
恩: あんたは良くても私は良くないもん。
円: ……。


(円、去る。残される恩。)


恩:
あいつといる時のあたしは、いっつも息苦しくて緊張してて、鼻が詰まってる時みたいに頭がぼーっとした。好きじゃないのかもしれない。いや違うな。多分好き。でも息苦しかった。好きって気持ちが必ずしも楽しい気持ちを伴わないってことに気付いた18歳、夏。2003年8月3日。の、前日の土曜日の話をします。


(円、登場。マットに上り、バサリと不貞寝する。)


恩: ねぇ。
円: ……。
恩: ゆっこ泣いてたよ。
円: ……。
恩: ごめんって言ってって言われたよ。
円: ……。
恩: でもゆっこさ、そんな、謝るべきかな。円さ、なんであんなに言ったの?あそこまで言わなきゃダメだったの?
円: ……。
恩: 円さ、なんであんなに言ったの?
円: …だって気に入らねーんだもん。
恩: あのさぁ、気に入らなかったら何やってもいいかってそんなわけないでしょ?
円: (途中から重ねて)「何やってもいいかってそんなわけないでしょ?」。って言いたいんでしょ?
恩: …うぉー、すげー。
円: えなに今の。凄いね。…分かってるのそんなことは。
恩: ほんとに分かってる?
円: 私あいつ嫌いなんだわ。あいつのこと好きな子なんていないじゃん。皆陰で何言ってるか知ってる?男の子ばっかりの世界だったらあの子絶対に女王なんだけどね。残念ながらこの世界は半々だからね。
恩: あの子が普段どうかじゃないの。今日のさっきのことで、円が正しいかどうかなの。それが問題でしょ?やめてよわざとそういうこと言うの。
円: わざとってなに。
恩: 陰口とか噂とか嫌いじゃんあんた。そういうの盾にして言い訳すんのやめてよ。
円: 分かったよ、嫌いだから言ったの。思ってること全部言いたくなったの。
恩: つかそもそもゆうこのことなんか好きでも嫌いでもないでしょ。興味ないもんね。
円: もーやめてよ。
恩: …落ちたきゃ落ちれば?
円: ……。
恩: そんなに取っ払いたかったら取っ払えばいいじゃん。周りにまで迷惑掛けないでよ。
円: …あー聞けたーあんたの本音聞けたー。
恩: は?
円: あんたの本音が聞けたわ。
恩: …これがあたしの本音だって思ってるんだとしたら、あんたはあたしを見る目がないよ。あまりにもないよ。
円: じゃなんなのあんたは。
恩: 私が何かは絶対に言わない。
円: はぁ?
恩: 言葉になると嫌なんでしょ?
円: は?
恩: だから言わない。
円: …ふーん。
恩: ……。
円: あんたといると息詰まるわ。
恩: ……。
円: 今日何曜?
恩: ……。
円: (自分の時計を見て)土曜か。じゃあ明日は日曜か。
恩: だから?
円: じゃあねー。(去る)
恩:
…と、言って、円は帰った。

私はすごく平凡。ものすっごく平凡。誰かより抜きん出た何かなんて一つも持ってない。ツタヤでCDを借りる。ヘビーローテのディスクの裏っかわには、音楽じゃないたくさんの傷が刻み込まれている。その音楽を通り過ぎて行った人たちの印みたいなもんが、私が大好きなフレーズを音飛びさせる。
この人すげーいいんだよなんてまるで自分がすげーみたいなフリして又貸ししても、円はふーんってなんとなく受け取って、絶対に返却日ギリギリまで返してくれない。だから私はツタヤに返しに行って、またそれを借り直さなきゃいけない。MDに録音。MDプレーヤーに挿入。私はすっごく平凡。だから私は円のこと、すっごく羨ましかった。真っ直ぐ見るのもおっかないくらい、羨ましかった。平凡な私には、円の友達でいるってことくらいしか、誇れるものがなかったんです。
2003年、8月3日。日曜日。に、円は校舎の屋上から飛び降りた。フリーフォール。


(円、登場。と共に恩は去る。)


円:
日曜日も開いてるんですよ、うちの学校。まぁ地元では結構な進学校で、夏休みでも結構学校来て勉強してる人多くて。うちにいると勉強できないじゃないですか。いつの間にかゲームやってるじゃないですか。信長の野望とか。だから日曜でも学校って開いてて、わざわざお母さんにお弁当作ってもらったりもするし、五百円玉握らされてこれでなんか買いなって言われたりもして、でもなんか日曜なのに学校来るってなんかワクワクして、そういうワクワクもあったと思うんですね。私は一人で屋上のベンチで勉強してて、他にも屋上には何人かいたんだけど、とにかく私は一人で、外は死ぬほど暑くて、なんでこんなクソ暑い中私勉強してんだろって段々訳分かんなくなってきて、ってか教室でやりゃいいじゃんって思って、早稲田の古文意味分かんなくて、気分転換に現代文やったらそっちも意味分かんなくて、あー私ってどこ向かうんだろーって、すげー思ったの。
私は、どこに向かうんだろう。
私は、どこに向かってんだろう。
私には、向かう場所があるのかな。
その向かった場所のその先には、なんもなかったり何かがあったりするのかなーとか、思ってる内に、私は、どうしよもなく飛びたくなっちゃって。

この世の中で一番美しいのは、フリーフォール。

助走を付けて、一気に飛んだわけで、緑色のフェンスも器用に越えて、ちょっとコンビニに牛乳買いに行くくらいのテンションで、飛び降りて、体のどこにも拠り所がなくなって、頭の上の方で誰かの悲鳴が聞こえて、地面はどんどん近くなって、どこにも拠り所がなくてふわふわしてる私は世界で一番自由で、世界で一番美しいフリーフォールに身を委ねていて、そんな私は心の中では、ひとっかけらも死ぬかもとか死にたくないとか思わなくって、ただただ私は下から上に流れていく風景を眺めながら、あー綺麗ってずっと思ってた。あの瞬間の私は、多分最強だったんだろうなぁ。と、思う。

気が付いたら私は、校長室の前のウバメガシの生垣ん中に突っ込んで、ぼーっと寝っ転がってた。ちょっと涼しくなってました。


(上空から松葉杖が落ちてくる。円、拾い上げてそれを拠り所に立とうとする。うまく立てないのでもう一本上空に要求する。松葉杖がもう一本落ちてくる。円、拾い上げて両脇に松葉杖を抱える。
恩、登場。)


円: あ、めぐみー。
恩: ……。
円: なんかごめんね。
恩: ……。
円: なんか持って来てくれた?お見舞い?
恩: ……。
円: ……。なんだよー。
恩: (無言で近付いて行き、円をぶとうとする)
円: (それをかわす。喰らいついてくる恩を必死でかわす)
恩: (攻撃の流れでいつの間にか抱きつく)
円: (松葉杖もいつの間にか取り落とし、恩を抱き締めている)
恩: …ほんっとに嫌なんだって。
円: ごめん。
恩: ほんとに、嫌なの。嫌なの。嫌なんだって。
円: ごめん。ごめんね。ごめん。
恩: 嫌なの、ほんっとに。嫌なんだって。あんたが、
円: ごめん。
恩: あんたは、どういうあれか分かんないけど、あたしは嫌なの。なんでこんな気持ちをさ、
円: ごめんね。
恩: 私には、あんたのことは分かってあげらんない。
円: うん。
恩: でもあんたも今あたしがどんだけのさ、気持ちでいるかはさ、分かんないでしょ。
円: うん。
恩: だからさ、もうさ、絶対にしないで。
円: …えー…。
恩: (殴る)おい。
円: しません。もう二度と、しません。
恩: (離れる)
円:
(松葉杖を拾いながら)恩はよく、自分は平凡だって言ってたけど、私はそんな風には思わない。私は、私が、自由落下に憧れたのは、こういう重力を、私をちゃんと地上に引き戻して繋ぎ留めてくれる重力を、ちゃんと確認したかったからなのかもしれないって、今は思います。ほんとは違うんだけど、恩の凄さに免じてそう思うことにします。今でも同窓会では笑い話になるこの話は、恩の前では絶対にしません。私が今でもちょっとびっこを引いて歩いているのは、この時の怪我のせいです。超ウケる。
…あの時にどんな感じがしたか、今度教えてあげる。
恩: あの時って落ちてる時にってこと?
円: そう。
恩: いいよ別に。どうせ分かんないもん。
円: 分かんなくてもさ。
恩: 分かんなくても別に大丈夫だから。
今でも円と一緒に街歩いてると、高いビルとかボーっと眺めてることあるんです。屋上の方。だからそんな時あたしは、どこでもいいから円の服をギューって、握って離さないの。(円の服を掴む)
円: おい、伸びる。伸びちゃう。
恩: あぁ、ごめん。
円: 大丈夫だから。
恩: うん。
円: 大丈夫だから。
恩: そう。


(恩、円の服から手を離す。
円と恩、しばらく見詰め合っている。
円、歩き出す。
恩、再び円の服を掴む。)


円: (笑う)信用ねぇなぁ。
恩: そりゃねー。


(暗転。)


~幕~