言えなかった言葉のことを考える。

言えなかった言葉のことを考える。


その日私は少し早めに家を出た。目的地へ三十分ほど早く着く計算だったので、途中の駅で急行に乗り換えず、各駅停車に乗り続けた。朝で、私は運良く座っていた。

目を閉じて、考えごとをしていた。それは主に今関わる場所を一つ、離れるべきであるということだった。前日から随分悩まされていた。この悩みは乗り越えるべきものであると捉えていたために苦しんでいたが、その朝電車に揺られながら、違う、離れるべきなのだと思い至って霧が晴れたような心持ちがしていた。私はおそらく、心の在り方の傾向として、澱んだ場所や人間関係を切り離しながら生きていかねばならないと考えているらしく、自分でその澱みを解消しようという気持ちとやる気が起きない限り、大抵離れた。多くの場合はぎりぎりまで努力した(と自己評価している)。澱んでいるということを私が判断することの勝手さと尊大さに思い悩みながら、しかし私がそう感じているからにはそれに従わねばならない、影響を受けている場合ではない、やはり離れなければならないと、とにかくそんなことを考えていた。

目を閉じていたので定かではないが、どこの駅からか女性が一人乗って来て、私の前に立っていた。特に気に留めなかった。勤め人なのだろうと思った。この世に勤め人でない人は少ないが、私は少し特殊な仕事をしているので、自分と彼らを少し区別して考えており、だから勤め人だろうと、そう思った。またしばらく私は目を閉じて考えて、まどろんで、たまに目を開けた。

電車があと二駅で終点に着くという頃、私は彼女がかわいらしい飾りをそのバッグにつけていることに気付いた。気付いていたのかもしれないが、見過ごしていた。黒いキャンバス地のバッグに、ピンク色の布を花びらのようにあしらったものに縁取られたそれ、それは彼女が妊婦であることを示すマークだった。彼女がバッグを持ち換えたことによって正面からそれを見ることができた。そして気付いた。

自分で作ったのだろうか。マタニティマークと呼ばれるそれのメッセージ性をさりげなくするためだろうか。またはデザインが味気ないので少しでも洒落たものにしたかったのだろうか。どんな意図があったにしろ、私が気付かなかったのだからその点では成功していると言える。はっとした。席を譲るべきか考えたが、あと数分で電車は終点に着く。終点手前の駅も逡巡する内に最早過ぎた。考えて、席を譲るのはやめた。やめたが、何か一言言いたくなった。

「すみません、僕、それに気付かなくて。失礼しました」

降りる時に声を掛けることができるかもしれない。でも、怪訝に思われる可能性が高いだろう。私は私のことをよく知っているが、彼女は私のことをよく知らない。警戒するかもしれない。妊婦に嫌がらせをする人があると聞いたことがある。あまりにも辛い心の働きである。私も同じような人と思われるかもしれない。

電車は終点の駅の構内に差し掛かり、速度を随分と落とし始めている。窓外のホームとそこに立って電車を待つ人々が視界の左側へ滑っていく。車内の人々はもぞもぞと、間もなく降りるぞという命令を脳から体へと下し始めている。私は彼女に話しかけるべきかどうかをまだ考えている。

考えて、決めた。もし彼女と目が合って、彼女がこちらを認識したら。同じ出口からホームに降りるようだったら。さりげない距離感で話しかけられそうだったら。それはおそらく手が届く距離で、かつしかし体が触れ合うことはなく、触れ合ってしまうのではないかという危惧を抱かせることもないちょうどいい範囲内にあり、もしそういった条件が揃ったら、声をかけようと思った。私は私が他人にとって他人であることがいつも恐ろしかった。理解してもらえない恐ろしさというよりも、そこに存在する差を私が認識できなくなり、他人に対して無礼な態度を取ることが恐ろしかった。私はよく人に対して感情的になってしまうからである。感情を抑制することは難しい。いつも自分の気性の激しさを感じている。

彼女と目が合った。彼女は私という存在を認識した。私も他の人がするようにゆっくりと立ち上がり、彼女との距離は自然近くなった。彼女は私から向かって右側の、彼女から見て左側の、改札に近いが、車両の出口としては今いる場所から一番近いわけではない出口に向かった。私もそちらに向かおうとする。が、私の隣に座る男性が私たちの座る辺りから一番近い、私と彼から見て左側の出口に向かっていく。彼が私と彼女の間を割る形になる。彼女は去って行った。あっという間に去って行った。私は彼を先に通してやり、彼に続いて一番近い出口からホームへ降り立った。彼女はもう、十五メートルほど先の、人の波間に見え隠れしていた。


そこまで気を遣って考えを巡らせるほどのことだったのだろうか。たかが一言である。しかも彼女が非難の気持ちを込めて私を睨んだわけでもないし、具体的に非難の言葉を浴びせたわけでもない。おそらく誰も、私の非を責めることはない。
私は彼女に許してほしかったのだろうか。いい人だと思ってほしかったのだろうか。あなたに無関心な世界の一部ではないと伝えたかったのだろうか。そうだ、おそらくそうなのだろう。私は私が彼女に対して無関心で無慈悲で余裕のない世界の一部であると認めたくなかったのだ。そう思ってほしくなかった。そうやって彼女が世界に対して絶望することを少しでも遅らせたかった。私自身、その世界に属すことに耐えられなかった。

でも事実、私の言葉は届かなかった。届けることができなかった。無理に届けることもできたその言葉を、届ける熱意が足りなかった。私たちは、私たちが意図しなくても、私たちの望まぬ世界の一部に属してしまうことがある。生まれてきたことすら最早、そうかもしれない。そう考える時私は、私が言えなかった言葉のことを考える。言えなかった私の言葉は言うことができなかったので、あまりにも無力である。目的を達しなかった、必要のない言葉である。

「すみません、僕、それに気付かなくて。失礼しました」

という言葉は、ただ私の頭の中で腐っていくだけの、行き過ぎていくだけの言葉である。それでも私はその言葉に意味を求めることをやめることができない。私は私が望まずに属してしまった世界と私の皮膚の間に、その言葉を布団のように挟み込む。緩衝材のように、私は私が意図しなかった世界と私の間に距離を取る。そうやっていつでも、もし次の機会が来たら、軽やかにこの世界を脱するのだと決意を固める。その準備をする。

私は私が言えなかった言葉のことを考える時、真っ白な大地に黒い言葉たちが雪のように降り積もるのを感じる。私は意味を探し続ける。今日、今、この瞬間も、黒い雪が降り積もる真っ白な大地を歩き続けている。


言えなかった言葉のことを考える。